誰もが安心して情報を得られるまちへ ── 今治市とGTNの多文化共生実証

外国人の受け入れを考えるとき、採用や住まいの整備は、企業にとっても自治体にとっても欠かせない第一歩です。しかし、それで準備が終わるわけではありません。住み始めたその日から暮らしは動き出し、災害時の避難先や医療機関での受診、日々の手続きや生活ルールなど、「必要な情報にたどり着けるかどうか」が安心を大きく左右します。 愛媛県今治市では現在、4,600人を超える外国人住民が、仕事や地域活動を通じて、まちづくりのパートナーとして活躍しています。そうした背景のもと、今治市はGTNと連携し、外国人住民向け支援アプリ「i.i.imabari! from abroad」の実証実験をスタートしました。災害・医療・生活に関する情報を多言語で届け、「必要な情報が、その人の手元に届く」状態をつくることで、平時から非常時まで安心して暮らせる環境づくりを目指しています。今回は、実証実験が始まった背景や、今治市がいま課題として感じていること、そしてこの先どんな姿を目指していくのか。今治市市民参画課の渡部さん、大澤さんにお話をうかがいました。(EP203)
住民の命と暮らしを守るために、いま必要なこと
四季折々に美しい表情を見せてくれる、愛媛県・今治市。自然のやさしさと産業の力強さが重なり合う風景が広がります。
大澤さん 今治市は、造船業やタオル産業をはじめとする多様な産業が息づくまちです。現在、市内には約4,600人の外国人住民が暮らしており、全人口の約3%を占めています。彼らは今や、地域経済やコミュニティを共に支える、欠かせない存在となっています。
これまで多文化共生を進める中で、今治市では生活習慣の違いから生じる戸惑いや相談にも、ひとつひとつ向き合ってきました。そのなかで、私たちがより根本的な課題だと捉えたのが、「いざという時に必要な情報が、必要な人に届いていない」という点でした。
さらに調査からは、行政が発信する情報が外国人住民の手元まで届きにくいという課題も見えてきました。災害時や医療のように一刻を争う場面ほど、「必要な情報が、必要な人に届く仕組み」が欠かせません。この「情報の空白」を埋めることこそが、今、市として最優先で取り組むべき課題だと考えたのです。
今治市市民参画課の大澤さん。
大澤さん 外国人住民支援に本格的に取り組み始めた当初は、既存の相談窓口の職員が試行錯誤しながら対応してきました。ただ、その中で強く感じたのが、「必要な情報が“ある”だけでは、支援になりきらない」ということです。特に日本語に不安のある方や、学校に転入してくる子どもとそのご家族にとっては、いつ、どの情報を、どの言語で、どう届けるか。そこまで考えて初めて、安心につながります。
情報を「発信する」だけでなく、「確実に届ける」こと。そこに難しさがあるからこそ、これまでのやり方を見直し、新しい仕組みを試してみる必要があると考えました。
“届ける”を実装するために。専門性と連携で支援をアップデート
渡部さん 外国人住民向けの支援を進める中で、企業を訪問したり情報収集を重ねたりするうちに、生活の中にある課題が次々に見えてきました。その中で強く感じたのが、支援は「必要な人のもとに届いてこそ、初めて意味を持つ」ということです。言語や生活の背景が異なる中では、行政が発信した情報が十分に行き渡らない場面も少なくありません。だからこそ、行政だけで抱え込むのではなく、専門的な知見も借りながら、情報が行き届く仕組みをつくる必要があると考えました。
そうした課題意識から、「こうした支援を具体的な形として実装できる会社はあるのだろうか」と探していく中で、市の職員が偶然GTNを見つけたのが最初のきっかけです。詳しく知ると、アプリやAI相談など、まさに求めていた取り組みをされていることが分かりました。そこからお話を伺うようになり、検討が具体的に進んでいきました。
今治市市民参画課の渡部さん。
渡部さん もちろん他の事業者さんにもお話を伺い、翻訳アプリを含めて情報収集や問い合わせを重ねました。そのうえで決め手になったのは、外国人支援に特化した専門性と、多言語対応を含めた提案の網羅性が、こちらの求める要件と合致していたことです。特に当初から要件のヒアリングが丁寧で、「どんな情報を、どの言語で、どう届けるべきか」を一緒に整理できたのが大きかったですね。専門的な立場から具体的な提案もあり、レスポンスも早い。必要な要素をアプリの中に落とし込むところまで、着実に進められると感じた点が、採択の後押しになりました。
──庁内の反応はいかがでしたか?
渡部さん 前向きに受け止めてもらえたと思います。市長からも「とても信頼できる、良いパートナーを見つけてきましたね」と声をかけてもらいました。
プッシュ通知×AI相談で、いざという時に迷わせない。
外国人住民向けアプリ「i.i.imabari! from abroad」を活用し、災害・医療をはじめとする生活関連情報を多言語で提供する仕組みを構築。行政からの情報をアプリのプッシュ通知やAI相談チャットを通じて届けることで、外国人住民との新たな情報接点としての有効性を検証します。
また、メディフォン株式会社が提供する健康・医療の多言語サポートサービス「mediPhone Assistance Line(メディフォンアシスタンスライン)」と連携し、病院検索や医療通訳など、医療分野における専門的なサポートをアプリ上で提供。
あわせて、平時から活用される生活情報、災害時など緊急性の高い情報を同一のアプリで提供することで、非常時においても情報が届きやすい環境づくりを目指します。
渡部さん 大きく二つあります。
一つは、プッシュ型で情報を届けられること。医療情報や災害時の情報など、「届けたいのに届きにくかった情報」を、住民の手元まで届ける仕組みができるのは非常にありがたいです。もう一つは、FAQやAI相談が整備されることです。夜間や休日も含めて、24時間365日、困ったときに「まずここを見ればいい」という入口ができることで、住民の皆さまにとっても安心材料になりますし、結果として、窓口に相談が集中しにくくなるなど、行政側の対応もより丁寧に行えるようになると期待しています。
──今回の実証期間中に、どんな点を検証・確認したいですか?
渡部さん アプリを入れてもらったあと、実際にどんな相談が多いのか、何が見られているのかをデータとして把握できることを期待しています。AI相談やFAQの利用状況が分かれば、外国人住民が「本当に欲しい情報」が見えてきます。ここは実証の中で一番大きなポイントだと思っています。また、医療の場面で多言語サポートがどれくらい使われるのか、使い勝手はどうかも確認していきたいですね。
──外国人住民への周知や利用促進は、どのように進めますか?
渡部さん 周知は、留学生と企業それぞれで進め方を分けて考えています。留学生については、今治明徳短期大学と岡山理科大学の2校で、留学生担当の先生方を通じて案内し、アプリのダウンロードにつなげていく想定です。
企業については、GTNさんに作成いただくチラシを活用しながら、企業側のチャンネルで周知してもらうことに加え、監理団体や登録支援機関にも協力をお願いして、利用が広がるよう段取りを整えていきたいと考えています。
定着は“関係づくり”へ。実証の先に見ている未来
「第3次今治市総合計画の将来都市像を示したイメージ図」
大澤さん 私たちが大切にしたいのは、この地域に縁があって来てくれた方が、在留期間の中で「今治っていい街だな」と感じ、安心して暮らしてもらうことです。
「住み続けてもらうこと」だけがゴールではなく、この街で共に生きていく仲間として、お互いに笑顔で暮らせる状態をつくること。そのためには、心の壁や文化の壁を少しずつ低くしていく仕組みが必要だと思っています。
──外国人と日本人の交流について、現場で感じていることはありますか?
渡部さん 学生さんから聞いた話で印象に残っているのが、「交流は“お誘い”から始まる」という声でした。たとえば「サッカーやるからおいで」と直接声をかけてもらえれば参加できるけれど、「やるらしいよ」と聞くだけでは動きにくい。そうした声を通じて、交流のきっかけをもう少し明確に示してほしいというニーズがあると感じました。
交流には最初の一歩に思った以上のハードルがあります。だからこそ、その一歩を後押しする仕組みを、将来的にはアプリの中で形にできたらと思っています。
渡部さん まずは、実証を通じて見えてきた課題を整理し、アプリの中でできるだけ解決できる形にしていきたいです。必要な情報が、必要なタイミングで届き、日常の中で自然に使われる状態をつくることが、何より大切だと考えています。
そのうえで、取り組みを継続していくための運用のあり方も検討していきたいですね。将来的には行政予算だけに依存しない形で、安定的にサービスを継続できる仕組みづくりにも取り組んでいきたいと考えています。具体的には地域のお店や事業者と連携し、暮らしに役立つ情報を一緒に届ける仕組みも考えられると思っています。フィリピン食材のお店やベトナム料理の材料が買えるお店、ハラル対応店など、生活に近い情報が届くことで、利用する方にとっての利便性も高まるはずです。
理想としては、市の情報を軸に、生活に必要な情報が自然と集まるアプリに育てていけたらと考えています。
──今回の実証実験を通じて、「情報を出す」だけでなく、「きちんと届いているか」を確かめることの大切さを改めて感じました。災害や医療など、いざという時ほど、「必要な情報にたどり着けるか」が安心を左右します。今治市のみなさまと共に、自治体からの情報を多言語で正確に届ける仕組みを育て、平時から非常時まで、外国人住民の方が安心して頼れる情報基盤をつくっていきたいと考えています。
四国に息づく「声をかける文化」と、多文化共生
今治から多文化共生を考えるとき、四国に根付くお遍路文化に目を向けてみると、ひとつのヒントが見えてきます。
四国には、お遍路文化とともに「接待(せったい)」の心が根付いてきました。道行くお遍路さんに挨拶をする。困っている人がいれば、自然と声をかける。見返りを求めず、相手を思いやるその姿勢は、この地域ならではの文化といえるでしょう。
一方で、現代の多文化社会では、言葉の壁がその一歩を難しくする場面もあります。「何か手伝えたら」と思っても、どう伝えればいいのか分からない。善意があっても行動に移しきれない、そんなことも少なくありません。だからこそ、いま改めて大切にしたいのが、この地域に息づいてきた考え方です。四国には「お遍路さん一人ひとりが、お大師さんかもしれない」という言葉があるそうです。目の前の人を属性や国籍で判断するのではなく、まず大切な存在として迎え入れる。その価値観は、多文化共生の時代にも、やさしく背中を押してくれます。
声をかけたいという気持ちを、確かに“届く”かたちにすること。人の思いやりを、仕組みや環境でそっと支えること。多文化共生の取り組みは、こうした地域文化の延長線上にあるものなのかもしれません。





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